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神戸地方裁判所洲本支部 昭和63年(ワ)54号 判決 1990年5月29日

原告

被告

榊原敏夫

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告は、原告に対し、金六七二万円及びこれに対する昭和六〇年七月三一日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

3  第一項につき仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

主文同旨

第二当事者の主張

一  請求原因

1  事故の発生

訴外内海理(以下、内海という。)は、左記交通事故(以下、本件事故という。)によつて受傷した。

(一) 日時 昭和五八年四月二九日午前一一時三〇分ころ

(二) 場所 兵庫県三原郡南淡町阿万東町一〇六一番地の一先路上

(三) 加害車両

(1) 車種等 原動機付自転車(南淡町い六七六〇。以下、本件単車という。)

(2) 運転者 訴外井本嘉彦(以下、井本という。)

(四) 事故態様 井本が本件単車の後部荷台に内海を同乗させて前記場所を進行中、転倒して内海に傷害を負わせた。

(五) 結果 内海は、顔面外傷、右眼窩内出血、右眼眼球出等の傷害を受けた。

2  責任原因

(一) 本件事故は、井本が被告宅に「キー」を付けたまま止めてあつた被告所有の本件単車を持ち出して運行中に発生したものであるから、被告は、本件単車の所有者として、本件事故によつて生じた後記損害について、自動車損害賠償保障法(以下、自賠法という。)三条に基づき賠償する責任がある。

なお、本件単車は、被告が訴外橋本きよ子(以下、橋本という。)から、昭和五八年三月ころに譲り受けたものであり、このことは、(1)井本の父訴外井本皓士作成の自動車保険料率算定近畿地区本部宛回答書(以下、回答書という。)に所有者として被告の名前の記載があること及び(2)本件事故発生直後に行われた警察の実況見分に被告が事故車両所有者として立ち会つていることなどから明らかである。

(二) 仮に本件単車が被告の長男訴外榊原康夫(以下、康夫という。)の所有であつたとしても、被告は康夫の親権者としての監督義務に基づき、自賠法三条の運行供用者としての損害賠償責任を有する。

即ち、被告は、本件事故の相当以前から本件単車が自宅敷地内に保管されていた事実を知悉していたことはもとより、これを康夫が譲り受けてきた経緯も同人から聞いて知つていたはずであるところ、康夫は未成年の高校生で無職無収入であり、父親の被告と同居し、生計は全面的に被告に依存していたこと、したがつて、被告は、当然親権者・監護者として康夫を監督・監視し、生活指導をすべき立場にあつた(特に、康夫が無免許であり、更に、康夫が在学していた高校では単車の免許取得及び単車の使用が禁止されていたことを知悉していたのであるから、本件単車が「キー」を付けたまま放置されていれば、当然「キー」を抜き取つたうえ本件単車を厳重に保管するなどして康夫が運転したり、貸したりすることがないように充分注意すべき義務があつた。)こと、かつ、本件単車が自宅敷地内に保管されていたことからしても、被告が本件単車の運行を事実上支配・管理することが当然可能であつたことに照らすと、被告は、本件事故当時、本件単車の運行を事実上支配・管理することができ、社会通念上本件単車の運行が社会に害悪をもたらさないように監視・監督すべき立場にあつた。それにもかかわらず、何ら注意することがなかつたのであるから、親権者としての監督義務を怠つていたというべきである。

3  損害

(一) 傷害によるもの

(1) 治療費 金五一万三〇七〇円

(2) 文書料 金一万六七〇〇円

(3) 通院費 金一万九八六〇円

(4) 入院雑費 金九六〇〇円

(5) 慰謝料 金二二万四〇〇〇円

小計 金七八万三二三〇円

(二) 後遺障害によるもの

後遺障害等級八級に該当する。

(1) 逸失利益 金一五〇三万〇九〇〇円

内海は、本件事故による後遺障害の症状固定時(昭和五九年二月二八日)無職者(高校生)であつたので、男子一七歳の年齢別平均給与額一一万七二〇〇円(年収一四〇万六四〇〇円)、労働能力喪失率一〇〇分の四五、症状固定時の年齢(一七歳)に対応する新ホフマン係数二三・七五〇で計算した。

(2) 慰謝料 金二六九万円

小計 金一七七二万〇九〇〇円

(三) 合計 金一八五〇万四一三〇円

4  自賠法七二条一項に基づく損害のてん補

被告は、自賠法所定の責任保険の被保険者及び責任共済の被共済者以外の者であつたので、原告(所管行政庁・運輸省地域交通局)は、同法七二条一項に基づき、内海(法定代理人親権者父内海信太朗)の請求により、昭和六〇年六月二五日、前記損害のうち金六七二万円をてん補した。

5  自賠法七六条一項に基づく代位

原告は、右てん補の結果、自賠法七六条一項に基づき、右てん補額を限度として、内海が被告に対して有する損害賠償請求権を取得した。

6  よつて、原告は、被告に対し、右損害賠償金六七二万円及びこれに対する損害てん補日の後である昭和六〇年七月三一日から支払ずみまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1項の事実は認める。

2  同2項(一)、(二)の各事実のうち、被告が本件単車を橋本から昭和五八年三月ころに譲り受けて所有しているとの事実は否認し、損害賠償責任があるとの主張については争う。その余の事実は認める。

3一 同3項(一)の事実のうち、(1)ないし(3)の金額を訴外内海理らが支出したことは認めるが、(4)(5)の点は争う。

二 同3項(二)の事実のうち、内海の後遺障害が後遺障害等級八級に該当することは争わないが、(1)(2)の点は争う。

三 同3項(三)の金額は争う。

4  同4項の事実のうち、原告が昭和六〇年六月二五日に内海信太朗に金六七二万円を支払つたことは認めるが、その余は不知ないし争う。

5  同5項の事実は争う。

三  被告の主張

1  本件単車の所有権について

本件単車は、康夫が事故のしばらく前に近隣の橋本から代金五〇〇〇円程度で譲り受ける予定で引き取つていたものであり、被告の所有ではない。

2  被告の監督義務に基づく運行供用者責任について

被告は、本件単車の存在を認識せず、勿論これを使用したこともなく、かつ、親子関係を通じた間接的支出を除き、何らの出捐もしていないのであるから、直接的にも間接的にもその支配を及ぼし、又は利益を得ていたとは評価できないものであり、被告には運行供用者としての責任はない。

3  損害額について

(一) 内海は、月額金一八万円の収入を得ており、年間ではその一六倍として約二八八万円ということになり、昭和六三年度の賃金センサス二三歳の場合の一年間の収入は金二六六万一一〇〇円であるから、労働能力の減少による損害賠償に関するいわゆる差額説に立つ限り、後遺障害による減収はないと評価される。

(二) そして、本件事故につき内海の過失を六〇パーセントとして過失相殺をすれば、内海の本件事故による総損害額は金一〇七万六〇〇〇円ということになる。

第三証拠

証拠関係は、本件訴訟記録中の書証目録及び証人等目録記載のとおりであるから、これを引用する。

理由

一  請求原因1項(本件事故の発生)については当事者間に争いがない。

二  被告の運行供用者責任について

1  本件単車の所有者としての責任について

原告は、本件単車の所有者が被告であると主張し、原告の存在及び成立につき争いのない甲第三号証の二及び四並びに証人井本皓士の証言によつて真正に成立したものと認められる同第四号証によれば、本件事故当日に実施された警察の実況見分の調書には、実況見分の立会人欄に、事故車両所有者として被告の名前が記載されていること、康夫は司法巡査の取調べに対して本件単車を被告がもらつてきた旨述べていること、井本皓士作成の回答書には、事故車両の所有者及び管理者としていずれも被告の名前の記載があることが認められる。

しかしながら、証人井本皓士及び同榊原康夫の各証言、被告本人尋問の結果及び弁論の全趣旨によれば、回答書の事故車両の所有者及び管理者に関する記載は、井本皓士において確かにな根拠の下に記載したものではなく、また、実況見分において被告が所有者として立会い、あるいは、警察官の事情聴取の際に康夫において被告が所有者であると述べたことは、本件単車が康夫の所有であることが同人が在学する高等学校に知れると、同校から不利益処分を受ける恐れがあつたため、被告の所有として立会いや供述がされたものと認められるから、前掲甲号各証の記載はいずれも信用することができず、他に本件単車が被告の所有である事実を認めるに足る証拠はない(かえつて、前掲榊原証言及び被告本人尋問の結果によれば、本件単車は、康夫が橋本から譲り受けて所有していたものであることが認められる)。

したがつて、被告が本件単車の所有者であることを前提とする運行供用者責任の主張は理由がない。

2  親権者としての監督義務に基づく運行供用者責任について

原告は、本件単車の所有者が被告ではなく康夫であるとしても、被告は康夫の親権者としての監督義務に基づき運行供用者としての責任を負う旨主張するので、以下、判断するに、前掲甲第三号証の四、成立に争いのない同第三号証の八、前掲同榊原証言の一部、被告本人尋問の結果並びに弁論の全趣旨によれば、

(一)  康夫は、本件事故当時満一七歳の高校生で、親権者である被告と同居していたものであつて、被告は康夫の親権者として監護・監督義務を負つていたこと、

(二)  本件単車は、被告の近所に住む康夫より五、六歳年上の橋本が廃車同然にしていたものを、康夫が同女から本件事故の一か月足らずくらい前に約五〇〇〇円で譲り受けたものであること、

(三)  康夫は、本件単車を車庫を兼ねた自宅の納屋に入れるなどして管理していたものであり、本件事故までの間に二、三回乗つていたにすぎず、ガソリンをいれるなどの維持費を支出するにまでは至つていなかつたこと

の各事実が認められ、前掲榊原証言中、康夫が本件単車を購入した日が本件事故の一週間くらい前であるとの供述部分は、前掲甲第三号証の四及び八の各記載に照らして信用することができず、他に右認定を左右するに足る証拠はない。

原告は、被告において、本件事故の相当以前から本件単車が自宅敷地内に保管されていた事実を知悉しており、しかも、これを康夫が譲り受けてきた経緯も同人から聞いて知つていたはずである旨主張するが、右事実を認めるに足る証拠はない(もつとも、前掲榊原証言によれば、康夫は、車庫を兼ねた納屋の中に本件単車を保管し、時によつては納屋の前に置いていたこともあつた事実が認められるが、前掲榊原証言および被告本人尋問の結果によれば、康夫が加害車両を置いていた納屋は、農耕器具や収穫米等を入れてある小屋で、その入口は自宅玄関から六、七メートル離れた位置にあつて、玄関と同方向を向いているため、納屋の中に入らなければ、本件単車の存在には気付かないこと、被告は、漁業と農業に従事しており、本件事故当時は、早朝から夜遅くまで海苔仕事に出ていたことの各事実が認められるから、康夫がひと月近くの間自宅の納屋に本件単車を保管し、時によつては車庫前に置いていたことがあつたとしても、そのことのみによつては、被告が本件単車の存在及びその所有者が康夫であることを当然知つていたものと推認することはできないというべきである。)。

ところで、事故車両が未成年者(とりわけ高校生)の所有である場合における親権者の運行供用者責任について考えるに、未成年者がみずからの収入や小遣い等で事故車両を購入し、その維持管理費も負担していたとしても、その生活全般について親権者の扶養を受けている限りは、親権者が事故車両の購入や維持管理費用について経済的負担をしている場合と同視することができ、したがつて、親権者が事故車両の存在(即ち、未成年者が事故車両を所有していること)を認識している以上、その運行を事実上支配管理する立場にあるということができるから、事故車両による結果について運行供用者としての責任を免れることはできないというべきであるが、本件のようにその存在を認識していたとは認められない場合にまで、親権者であるとの事実のみをもつて当然に運行供用者となるものではないと解するべきであるから、前記認定事実によつては、被告が本件単車について運行供用者と認めることはできないというべきである。

そうすると、被告に対する親権者としての監督義務に基づく運行供用者責任の主張もまた理由がないというべきである。

三  よつて、原告の本訴請求は、その余の点について判断するまでもなく理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担について民訴法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 柴田寛之)

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